再現答案刑事系科目第1問(刑法)

刑事系科目第1問

設問1
1 乙がPTA役員会において丙が甲に暴力を振るったと発言した行為に名誉棄損罪(230条1項)が成立するか。
2 「公然と」とは、不特定又は多数人が知りうる状況をいう。
 本件では、保護者3名(乙を除く)及びA高校の校長という多数人が知りうる状況で発言している。
 また、不特定及び多数人ではないとしても、保護者の噂話を通じて不特定又は多数人に情報が伝播するおそれがあるし、校長が実施する校内調査によって情報が伝播するおそれもある。
 したがって、「公然と」事実摘示したといえる。
3 「事実を摘示」したというためには、被害者が特定していなければならない。
 本件では、たしかに「2年生の数学を担当する教員」として被害者が特定していないとも思える。しかし、A高校2年生の数学担当教員は丙だけであるから、丙という特定の被害者に関する事実摘示である。
 そして、生徒に対して暴力を振るったという事実は外部的名誉を毀損しうるものである。
 したがって、乙の発言は「事実を摘示」したといえる。
4 乙は役員会において上記発言をすることによって、その事実を多くに人に広めようと考えているから、故意(38条1項本文)が認められる。
5 以上により、同罪の構成要件要素を満たす。
6 違法性が阻却されないか。
⑴ 230条の2について。丙が甲に暴力を振るったという事実が存在せず真実ではない。丙が甲に暴力を振るうという暴行罪(208条)に関する事実は「公共の利害に関する事実」とみなされるが(230条の2第2項)、丙の甲への暴行の事実も存在しない。乙は公益を図る目的もない。したがって、230条の2第1項の適用はない。
⑵ 「正当な業務による行為」(35条)とは、業務のための行為であり社会通念上相当なものをいう。
 本件では、たしかに甲はA高校のPTA会長であり、丙の甲への暴行の事実を調査するため役員会で発言することは社会通念上相当とも思える。しかし、乙はかねてから丙に対する個人的な恨みを抱いており、これを晴らすという個人的な目的のために発言している。そのため、社会通念上相当とは言えない。
 したがって、「正当な業務による行為」とは言えない。
7 違法性阻却事由の存在を誤認している場合には、犯罪事実の認識がなく反対動機の形成ができないため非難可能性を欠き、故意が否定される。
 本件では、たしかに乙は丙の甲への暴行を信じているから、公共に関する事実の存在及びその真実性を誤信している。しかし、乙は公益を図る目的がない。そのため、乙は230条の2第1項に該当する事実を誤認したとは言えない。
8 よって、故意も認められ、同罪が成立する。
設問2
第1 小問⑴
1 甲が乙の救助を一切行わずにバイクで走り去った不作為に殺人未遂罪(202条・199条)が成立するか。
2 不真正不作為犯の成立には、自由保障機能の観点から、作為犯との同価値性が必要である。具体的には、作為義務及び作為の可能性・容易性が必要である。
 本件において、乙が意識を失って倒れていた山道脇の駐車場には街灯がなく、午後10時30分当時、車や人の出入りがほとんどなかった。また、乙が転倒した場所は草木に覆われており山道及び同駐車場からは乙が見えなかった。乙は崖から転落する危険がある場所で転倒していたのであるから、乙の生命・身体の安全は、乙を発見した甲に依存していたといえる。そして、甲は乙の子として保護すべき立場であるから、乙を自動車の中に連れて行くなどして転落を防止すべき作為義務が認められる。甲がこのような作為義務を行うことは可能かつ容易であったにもかかわらず、乙の救助を一切せずバイクで走り去った行為は、作為犯と同価値性といえる。
3 その後、乙は崖下に転落し重傷を負い、死亡する危険性が発生している。
4 もっとも、甲の不作為と乙の上記のような危険性発生との間には乙の転落行為という事情が介在しているから因果関係が否定されないか。
 因果関係は、行為のもつ危険性が結果へと現実化した場合に認められる。
 本件において、乙の死の危険性発生の直接の原因は乙自身による転落行為にある。もっとも、崖近くで転倒して意識を失っている乙が、意識を取り戻した際に崖に転落することは不自然ではないから、甲が乙を放置する行為には、乙が意識を取り戻した際に崖下に転落することを誘発する危険性が認められる。したがって、甲の行為のもつ危険性が、乙の転落行為を介して結果へと現実化したといえる。
 よって、因果関係が認められる。
5 故意とは犯罪事実の認識及び認容である。
 本件では、甲は乙が転倒した場所が崖のすぐそばであり、崖下の岩場に乙が転倒する危険性を認識していたから、死亡の危険性について認識していた。そして、甲は乙から叱責されたことを思い出して乙を助けるのをやめようと考えているから、死亡の危険性発生について認容したといえる。
 よって、故意も認められる。
6 以上より、同罪が成立する。
第2 小問⑵
1 保護責任者遺棄致死罪と殺人未遂罪は、殺意の有無によって区別する。したがって、殺意が無いと反論する。
2 殺意の有無は、死亡の危険性の認識及び認容で判断する。
⑴ 認識について
ア 乙が転倒した時点では、乙の怪我は軽傷であり、その怪我によって死亡する危険性はなかったところ、甲は乙の怪我が軽傷であることを認識しているから、死亡の危険性について認識がない。
イ また、乙が崖のすぐそばで転倒していることは認識しているものの、乙自身によって崖下に転落することまでは認識していないから、転落により死亡の危険性が発生することの認識はない。
ウ さらに、これらの事実を未必的には認識していたとしても、確定的な認識は認められない。
⑵ 認容について
 甲は乙を助けるのをやめようとは思っているものの、これは乙が死亡する危険性まで認容するものとはいえない。
設問3
1 実行行為性の有無は、行為時に一般人であれば認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎に、一般人を基準に法益侵害の具体的危険性が認められるか否かで判断する。
 本件では、甲と同じ立場にいる一般人であれば丁を乙と誤認する可能性があったし、実際甲は丁を乙と誤認している。そのため、甲が放置した対象は乙であるとの事情を基礎に判断すると、乙は甲の親であるから、甲には乙を救助する作為義務があった。にもかかわらず、放置して救助しなかった甲の不作為には殺人未遂罪の具体的危険性が認められ、実行行為性がある。
2 認識事実と実現事実に具体的事実の錯誤があるものの、構成要件内で符合しているから故意が認められる。
3 成立する。
以上(2681文字)